SMなる言語は、誰もが知る言葉になったのではないでしょうか。勿論、Sがサディズム、Mがマゾヒズムのアルファベット頭文字からなる事、それらの性癖趣向を指して、SMと言われる事も。

 然しながら、「なぜ我々人間には、その様な趣向が芽生える下地があったのか」又、「その様な趣向を持ち合わせたのは、ごく一部の人間だけなのか」と言う点については、未だオフィシャルな学説は整備されていない様です。

 では、単純に性について考えてみましょう。人類を除く地球上の生物の性とは子孫を累々と続けるを目的とする生殖活動としてのみ営まれ、それも発情期と称する期間に限り生殖行為が行われております。

 しかし、人類は発情期たる時期も失い、且つ生殖行為のみを目的とする性とは切り離した快楽のみを求める性の悦びを覚えてしまったのです。その理由は、人間が持ち合わせた肥大化し発達した脳のなせる業であることは学術的にも定説化されております。

 脳の作用は人間が誕生れてこの方、成長の過程で学習してきたものを知恵或いは知識という形で脳の中に蓄えられ、知恵なり知識が脳の中で融合しその人間の行動行為に少なからず作用されているといわれております。

 従って、快楽が為の性もそれら脳の中に於ける融合の仕方によっては、単に生殖活動に止まることなく無限とも言えるフィールドの広さを持ち合わせてしまったのでしょう。

 同時に人間の本来持つ本質の部分、サディスティックな嗜虐性、マゾヒスティックな被虐性の因子、これらをも巻き込んで脳内で有機融合作用を起こし、有機性に富んだ快楽を誕生させ、これがSM趣向なるものを創りえた要因かと思われます。

 話の視点を変えてみましょう。人類は人一人が生きていくには困難な環境に置かれており、それが為、人類はお互いが助け合い協力しあって共同生活を営んで参りました。従って、共同生活を送るにあたり、共同生活者単位に必要最小限度の取り決め、規範、さらに言えばモラルとでも言いましょうか、共同生活するにあたり都合の良い枠が設けられたのであります。その枠を越えると罪悪であったり、背徳であったり、或は異常とされてきたものであります。

 これらはあくまで人間社会と言う共同生活体を維持するのにかき乱すことがあっては共同生活体として体をなさないものに陥ると言う知恵から生まれたものなのです。その共同生活体の中に生活する私たちにとって、SMの概念が過去から現在に至っても、いかに位置付けられているかと言いますと異常であったり、罪悪視されたりもします。

 何故、その様な事になったのでしょう。その答えは簡単です。「性的快楽度が非常に高い」に他ならないからです。人類史上、生活の便利さ、生活の向上等々、脈々と人類はそれらを求め英知を捧げてきました。その勤勉さと対極にあったのが快楽なのです。

 勿論快楽が為の性についても全く認められなかったわけではありませんが、一般生活者としての勤労意欲が減衰するような快楽の求め方には人類の安定した社会生活基盤が充分でなかった時代としては当然の成り行きであったと思います。

 しかし我々が求めた便利さ、生産性の向上等、それらが一定の満足度を得た現代に於いては逆にその便利さ等がもたらす生活環境等の汚染も含め我身に負の要素として降りかかってきている状況です。

 私達現代に生きる人間の本来求めてきたものは既に充足してきているのであれば現代はまさに過去に抑圧されてきた性の快楽、性の向上、人間の持ち得た性に対する精神性、そのあたりをもう一度見直してみる必要があるように思われます。

 人間社会を「より豊かに」、「より充実」させようとする時代背景であれば性に対する快楽も何らかの形で歯止めをかけるには当然の事と思います。が、それなりに満たされた現代に於いてはその性に対する歯止めも、また、異常性という物差しも今の世に至っては尺度を変える時代になってきているのではなかろうかと思います。

 とは言っても、性の有機性のみを只単に自分本意で突っ走るものであっても駄目だと思います。その時代時代の社会生活共同体を成す時代背景、範疇を考慮し、決してそれを突き破るものであってはならないと考えるべきです。

 結論を言うようですが、もしあなたがSM趣向に興味を持ったり、関わりを持ちたいという気持ちを抱かれたとしても社会共同体の崩壊に結びつくものでなければ決してその思いは異常でもなければ罪悪でもないという自覚を持っていただいて良いかと思います。

 SMサークル・アムスはその様な思いを胸に抱いた方々を快く迎え入れる、ゆりかごの役目を果たしたいと考えております。勿論、今ある社会生活共同体と対峙する、或は権利を主張する思いなど全く無く、社会共同体の中でひっそりと穏やかに存在していくサークルとしてありたいと願っております。ですから特段の社会に対するアピール、自己顕示性等々は全く当サークルの生き方としては考えておりません。

 もう少し具体的に語るとすれば、今の社会生活共同体の中で他人からも干渉されたり中傷されたり異端視されるようなサークルとしての運営上の行為行動は最大限慎み、SM趣向者或はSMに対して興味を抱く仲間たちのゆりかごとして存在していきたいと考えております。

 勿論前段でも述べたようにまだまだ過去から引き摺る世間の異端の視は否定できません。敢えて社会生活共同体の中で物議を起こす事無く、秘匿性、守秘性をSMサークル・アムスの基本理念としてサークルの運営にあたっている次第でございます。

SMサークル・アムス主宰 長池 士